労働災害と損害賠償(労災給付以外の補償)
労働者は、労働災害(労災)によって怪我をしたり、不幸にもお亡くなりになったりすると、労災保険給付を受けることができます。
しかし、労災保険は被災者保護を目的としたものですが公的保険ということもありすべての損害の補償についてカバーしてくれるわけではありません。
例えば、慰謝料(精神的苦痛に対する補償)は労災保険ではカバーされていません。休業による収入減についても労災保険は満額を補てんしてくれるわけではありません。
それでは労災保険給付だけでは不足する損害部分についてどうするのかというと、労働者は、会社に対して民事上の責任として損害賠償請求を行うことになります。
1.安全配慮義務違反による損害賠償
会社は、労働者に対し「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するように配慮すべき義務」(最高裁昭和59年4月10日判決)を負っています。これを安全配慮義務といいます。
労働者は、会社に安全配慮義務違反があれば、会社に対して損害賠償を求めることができます。
近年では、パワハラや過労死について、安全配慮義務違反による損害賠償請求がなされるケースも増加しています。
損害賠償請求を行う際に、労働者は「災害が業務上のものであること」、すなわち「業務と災害の因果関係」や「安全配慮義務の内容と違反の事実」を立証する必要があります。
一方、会社側は「会社側には責任がないこと」を立証しなければいけません。
労働者は抽象的に安全配慮義務違反があったと主張するだけでは足りません。
具体的な被災状況に即して、「この場合にはこのような安全配慮義務(例えば安全帯を装着させる等)がありそれを会社は怠っていた」ことを主張・立証する必要があります。
ところが、労災の発生に関する資料について労働者側に資料がないというケースも少なくありません。
このような場合、労働局に対して労働災害に関して収集された一件記録の開示請求を行うことができます。
開示された記録をもとに、事故状況を適切に把握する必要があります。
開示された資料や会社等に対するヒアリングの結果得られた情報をもとに会社の安全配慮義務の内容と違反の事実を特定することになります。
2.不法行為に基づく損害賠償請求
会社に対する請求の根拠としては、上記の安全配慮義務違反だけではなく、不法行為に基づく損害賠償請求も考えられます。
不法行為に基づく損害賠償責任は、故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した場合に生じる責任です。(民法709条)
不法行為責任が成立するための要件は、以下の4点です。
1)故意または過失が存在すること
2)他人の権利または法律上保護される利益を侵害したこと
3)損害が発生したこと
4)行為と損害との間に因果関係が存在すること
会社に対し不法行為に基づく損害賠償請求をするときには、使用者責任(民法715条)を根拠とすることが多いです。
不法行為責任にはいくつかの類型があり、使用者責任はその類型の1つです。
使用者責任とは、従業員が業務の執行において第三者に加えた損害を会社として賠償すべき責任のことをいいます。
要するに、従業員が別の従業員に怪我をさせてしまった場合(民法709条)に、その怪我をさせた従業員の使用者である会社も責任を負う(民法715条)ということです。
これは、会社は従業員を使用して利益を受けている以上、その業務中に発生するリスク(人に怪我をさせてしまう場合等)も負担しなさいという考えに基づくものです。
使用者責任が成立するためには3つの要件があります。
1)使用・被用の関係が存在すること
2)その被用者の行為が民法709条の不法行為の要件を満たしていること
3)その損害が事業の執行につき加えられたものであること
労災について会社に責任を追及する根拠はいくつかありますので、状況に応じてこれらの法律構成を取捨選択していくことが求められます。