事業主の方へ
1.労災保険
(1)労災保険とは
労働災害(労災)が発生すると、労働者は生活が不安定となります。
同時に、事業主にとっては多額の補償義務が発生します。
労災の発生は、会社経営において大きなマイナスです。
労災によって生じる不都合を最小限にするため、政府が保険者となり労災の被災者に対して確実に保険給付等を行う労働者災害補償保険制度が設けられました。これがいわゆる「労災保険」です。
労災が発生した際に、この労災保険の給付を受けられるかどうかの判断に悩まれる経営者や担当者の方も多くいらっしゃるかと思います。
(2)労災保険の種類と支給基準
①療養(補償)給付
療養給付は、原則として現物(治療や薬剤など)で支給されます。
被災労働者は労災病院等の指定医療機関を受診すれば無料で治療を受けられます。
例外として、指定医療機関等以外の受診であれば、一旦労働者が立替払いをしてその後労災保険へかかった費用を請求することになります。
②休業(補償)給付
療養のため働くことができず賃金を受けられなかった場合に支給されます。
休業(補償)給付の額は、給付基礎日額(通常、平均賃金に相当する額となります)の60%×休業日数です。
これに加えて、休業特別支給金(給付基礎日額の20%×休業日数)も支給されます。
③傷病(補償)給付
療養を開始してから1年6カ月を経過しても傷病が治らず、かつ傷病等級1級から3級に該当する重篤な傷病に対しては、傷病(補償)給付がなされます。これには一時金と年金があります。
年金の金額は傷病の程度に応じて給付基礎日額の313日分、277日分、245日分のいずれかとなります。
なお、傷病(補償)年金を受給することになった場合には、休業(補償)給付は支給されなくなります。
④障害(補償)給付
傷病が治ゆ(症状固定)の状態に至った段階で後遺障害が残った時には、障害の程度に応じて、障害(補償)給付が支給されます。年金または一時金として支給されます。
名称は、「障害(補償)年金」、「障害(補償)一時金」、「障害特別年金」、「障害特別一時金」、「障害特別支給金」と様々です。
後遺障害等級第1級から7級に該当するときは年金と一時金が、8級から14級に該当するときは一時金が支給されます。
⑤介護(補償)給付
重篤な後遺障害が残った場合に給付されます。
障害(補償)年金または傷病(補償)年金を受給していること、認定された等級が1級又は2級であること、かつ常時または随時介護を必要とする状態であることの要件を満たせば、その介護を受けている期間について、介護に要する費用が支給されます。
親族などによる介護でも定額の支給がなされます。
⑥遺族(補償)給付
労働者が死亡したときは、遺族に対して年金または一時金として支給されます。
遺族(補償)給付の額は、特別金を除いて、年金の場合は遺族数に応じて給付基礎日額の153日分~245日分、一時金の場合、給付基礎日額の1,000日分です。
⑦葬祭料
被災労働者が死亡したときは、葬祭費用の一部が支給されます。
葬祭料の額は、給付基礎日額の30日分に31万5千円を加えた額、または給付基礎日額の60日分のいずれか高い方の額が支給されます。
2.損害賠償請求
労災に遭った労働者・遺族は、労災保険給付を受給できるだけではありません。
「安全配慮義務違反」「不法行為責任」を根拠として、労災保険給付のみでは十分に埋め合わせができない損害についても、民事上の損害賠償請求ができます。
会社は、労働者が労災保険給付を受けたとしても、それでは足りない部分の損害賠償請求をされる可能性があります。
たとえば、労災保険給付では慰謝料は支払われませんので、慰謝料は会社の負担となります(一番重い後遺障害である第1級の後遺障害が残った場合、慰謝料だけでも2800万円になります。)。
ただし、労災では労働者の側にも落ち度(過失)があることは少なくありません。
この場合、労働者の過失分は賠償義務から控除(過失相殺)されることになります。
たとえば、損害賠償請求権の総額が1000万円、労災保険給付(損益相殺の対象となる費目に限る。)が500万円支給されていた場合、被災労働者側に50%の過失があったとすると、1000万円×50%で被災労働者が会社に対して請求できる金額は500万円となり、既に労災保険給付から全て支払い済みなので会社は支払わなくてよいということになります。
会社としては、まず労災事故が発生しないように安全対策を徹底する必要があり、また、安全対策を講じていたことを証明できるように証拠化しておく必要があります。
それでも万が一事故が発生した場合には、過失相殺が考えられることもあるので、事故状況を詳しく調査してまとめる必要があります。
これらの対策をしても事故を100%回避することは難しいので、現実的には、賠償責任保険の加入も検討しなければなりません。
労災対応は、初動を誤ると会社に深刻なレピュテーションリスク(信用危険)が発生するケースが少なくありません。
賠償金額も高額になりやすいので、労災事故発生時には早めに弁護士へ相談することをお勧めします。